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華陽ニュース
不定期配信 平安文学と紙 6 伊勢物語
「光る君へ」をきっかけに『源氏物語』以外の平安文学に興味を持たれた方もいらっしゃるかもしれません。
「光る君へ」から連想される様々な平安文学を、「紙」に注目しながらご紹介させて頂きます。
6 伊勢物語
短い文章と歌でつくられた短編を集めて1つの物語としている『伊勢物語』。ある男の元服から死去までを軸としていて、多く採用されている「昔、男ありけり」という冒頭の文章も有名ですが、載せられている和歌もよく知られたものが多く、読んだことがない方でも親しみやすい物語かもしれません。
『源氏物語』にも影響を与えているこの物語。残念ながら、紙についての描写はあまりありませんが、代わって気付くのが、「紙以外のものに意味を託す描写」です。
昔、たいそう仲の良い夫婦がいましたが、些細なことをつらいと思って、妻は出て行くことにしました。妻は「出て行ったら心が浅い女だと言われるでしょうか、私たち夫婦のありようを人は知らないから」というお別れの歌を、「物に書きつけける」、その辺の紙に書きつけて出て行ってしまい、残された夫はそれを読んでも心当たりがなくて、泣くばかりでした。(第21段)
昔、紀有常という人がいました。長年の妻が出家するというのに、貧しくていろいろな道具を用意してあげられなかったので、友人に「これこれの事情で妻が去ることになりましたが、些細なことさえしてあげられなくて・・・」と手紙を書いて、「奥に」、その手紙の奥に「指を折って数えたら、10が4回、妻と結婚してから40年が経っていました」という歌を書いたところ、友達はそれを読んで気の毒に思って、衣類や夜具を用意してくれたのでした。(第16段)
昔、ある男が元服して奈良に狩りに出かけました。寂れた古都で思いがけず美しい姉妹を垣間見た男は、「着たりける狩衣の裾を切りて」、自分が来ていた狩衣の裾を切って、その狩衣の模様にかこつけて、自分の乱れる思いを表現した歌を書き、姉妹に贈ったのでした。(第1段)
昔、ある男が田舎に妻と一緒に住んでいましたが、ある時、宮仕えをすると言って出て行ってしまいました。3年経っても何の音沙汰もなかったので、妻が再婚することにしたちょうどその日、男が戻ってきました。男は「新しい人と仲良くしてね」と言って立ち去りましたが、まだ男を愛していた妻は後を追いかけます。追いつけなくて、妻は倒れ、「そこなりける岩に、およびの血して」、そこにあった岩に指の血で、辞世の歌を書きつけて亡くなってしまったのでした。(第24段)
昔、ある男が海の側で暮らしていたところ、宮仕えしている友人たちが遊びに来ました。海に行ったり滝を見に行ったりして遊んだ翌日、大波が来て海藻が浜に打ち寄せられたので、その海藻を拾って皿に盛り、柏の葉で覆ってお出ししたのですが、「柏に書けり」、その柏の葉につけて、その家の奥方が、「海藻は海の神様が大切になさっているものですけど、海の神様も貴方のためには惜しまず海藻を分けて下さったのですね」という歌を書きつけていたのでした。(第87段)
昔、「秋になったら結婚しましょう」という約束をしていたのに、家人にばれて叶わなくなった女性がいました。男の所にはやるまいと兄が迎えに来たので、彼女は、「かへでの初紅葉を拾はせて、歌をよみて、書きつけておこせたり」、侍女に今年初めて紅葉した楓の葉を拾わせて、その葉につけて別れの歌を書きつけて、男への伝言としたのでした。(第96段)
最初の2つのエピソードは紙に普通に書いたもの、後の4つは紙以外のものに意味を持たせた描写ですが、紙の描写がそっけないのに比べ、紙以外のものはバリエーションも豊富で、使い方もはっとさせられます。『伊勢物語』の作者が紙以外のもので表現したその美しさを、紙によって再現したのが『源氏物語』なのかもしれません。
※ご紹介した文章は華陽紙業にて意訳したものとなります。蛍だったり、筒井筒だったり、垣間見だったり、卵だったりと、『源氏物語』やその他の作品に影響を与えたかもと思われる部分を探すのも楽しい『伊勢物語』、是非原文でお楽しみ下さい。