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華陽ニュース
不定期配信 平安文学と紙 8 うつほ物語
「光る君へ」をきっかけに『源氏物語』以外の平安文学に興味を持たれた方もいらっしゃるかもしれません。
「光る君へ」から連想される様々な平安文学を、「紙」に注目しながらご紹介させて頂きます。
8 うつほ物語
『枕草子』212段で「物語なら住吉、うつほ」と名が挙がる『うつほ物語』。同じく『枕草子』83段には御前の女房達が定子様も巻き込んで「『うつほ物語』のキャラならどっちが素敵だと思う?藤原仲忠か源涼か」と争う、現代人の雑談と変わらない光景が描かれています。
全20巻という長編物語で、天人や阿修羅が出てくるファンタジーあり、ひとりの美女を巡る恋物語あり、帝の後継争いありと、内容は盛りだくさんですが、紙に関する描写が目を引くのは『蔵開』と『国譲』の巻(正確にはそれぞれ上中下の6巻)。『源氏物語』などでもみられる「紙の色と花の色を合わせて歌を贈る」「状況に合わせて包む紙の色を選ぶ」という場面がいくつか描かれています。
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『あて宮』という、かぐや姫のように多くの男性の心を虜にした女性が東宮に嫁いでしまい、求婚者のひとりだった源涼はあて宮の妹の、同じく求婚者だった藤原仲忠は帝の長女である女一の宮の婿となります。翌年10月、女一の宮が女の子を出産。仲忠は自分の母方の祖父から伝わる琴の秘伝を伝えるべき娘が出来たと大喜びで、この子に家宝の琴をあげようと、実家から持ってこさせます。仲忠が琴を弾くとその琴の音に感応した空は掻き曇って風が吹き荒れ、仲忠の母が琴を弾くと聞いたものはみな楽しくて寿命が延びる気がして、お産直後でぐったりとしていた女一の宮も「もう苦しくないから」と起き上がるのでした。
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女一の宮のもとに、既に東宮の皇子を2人産んでいるあて宮から出産のお祝いが届きます。豪華な贈り物と一緒に届いた手紙は『浅緑の色紙一重に包みて、五葉につけたり』、縁起の良い五葉の松につけて、松の色に合わせた浅緑の紙で包んだもの。その手紙を女一の宮から強引に見せてもらった仲忠は、「貴方はまだ手が震えて文字が書けないだろうから」と、返事を代筆します。『赤き薄様一重』の表には、「将来貴方の息子と私の娘が並んでいるところを見たい、と女一の宮が言っています」という文章を書き、『裏に引き返して、私には』、裏に私信として、「千年を一瞬と感じる松のような私なので、昔のこと=貴方への想いは忘れられない」という歌を書く仲忠。「どんな返事を書いたか見たいわ」という女一の宮には見せず、『同じ一重に包みて、面白き紅葉につく』、同じ赤い薄様一重に包んで、美しい紅葉の枝に付けて、お使いに渡してしまうのでした。(『蔵開上』)
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仲忠の異母妹で、あて宮と同じく東宮妃の梨壺の方からも、出産のお祝いが届きます。蜜と甘葛が入った金の瓶ふたつは『黄ばみたる色紙覆ひて』、黄色がかった色紙で蓋をして、黒方や沈といった香の細工物は『青き薄様一重づつ覆ひて結ひたり』、青い薄様でひとつずつ包まれています。「この頃、訪ねて下さらないと不思議に思っていたら、こんなお祝い事があったのですね」と書かれた『御文は、唐の紫の薄様一重に包みて、紫苑の作り枝につけて。』、紫の薄様に包まれ、紫苑の造花につけられていて、その紫は、紫のゆかり=血縁である貴方と私、に合わせたもので、仲忠と父の右大将は、異母妹の成長とその母宮の心遣いをしみじみと感じるのでした。(『蔵開上』)
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出産九日目の内輪での宴の席を前に、『中納言の君、「紙もがな」とのたまへば、黄ばみたる色紙一巻、白き色紙一巻、硯箱の蓋に入れて出だされたり。』、仲忠が「紙はありますか」と言うと、黄色がかった色紙一巻と、白い色紙一巻が、硯箱の蓋に入れて差し出されます。仲忠は、『黄ばみたる一重に黄金の銭ひとつづつ十包、白き色紙に白銀の銭ひとつづつ三包、白き色紙をば、外にうるはしく出でさせたまふ。黄ばみたるをば、大人して御前ごとに参りたまひつ。』、黄色い紙には黄金を、白い紙には白銀の銭を入れて、白い包みは御簾の外にいる右大臣(女一の宮の祖父)の息子たちに、黄色い包みは右大臣たちに差し出します。その銭を原資として、お祝いに集まったみんなは碁や双六などの賭け事に興じるのでした。(『蔵開上』)
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仲忠の父・兼雅にはたくさんの妻妾がいましたが、今は仲忠の母ひとりと三条殿というところに住んでいて、異母妹・梨壺の母宮を含むその他の妻妾たちは、もともと住んでいた一条殿に置き去りになっています。せめて梨壺の母宮には三条殿にお引越し頂きましょう、その他の方々にもしかるべきところでちゃんとした暮らしをして頂きましょう、と父に提案し、そのお使いを引き受けた仲忠。梨壺の母宮へのご機嫌伺いは穏やかにこなせたのですが、その他の方々の部屋の前を通ったとき、柑子や橘、栗の実を投げつけられてしまいます。
家に帰って、父とともにその柑子や橘、栗をよく見ると、『栗を見たまへば、中を割りて、実を取りて、檜皮色の色紙に、かく書き入れたり。』『橘を見たまへば、それも実を取りて、黄ばみたる色紙に書き入れたり。』『柑子を見たまへば、赤ばみたる色紙に書きいれたり。』、それぞれの実をくりぬいて、その実の色に合わせた紙を選んで、放置される寂しさや悲しみを詠んだ歌を書き、それを中に詰めたものでした。号泣した父は、仲忠の勧めに従い、柑子の実をくりぬき、中に手紙と贈り物を詰めて、『黄ばみたる薄様一重に包みたり』、柑子の色に合わせた黄色みがかった薄様で包んで、それぞれの方に返したのでした。(『蔵開中』)
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伯父の死去と3人目の子どもの出産が重なって里帰りしているあて宮は、息子の若宮の習字の手本を書いてくれるよう、仲忠に頼みます。仲忠は『手本四巻、色々の色紙に書きて、花の枝に付けて、孫王の君のもとに、御文してあり。』『黄ばみたる色紙に書きて山吹につけたるは、真の手、春の詩』『青き色紙に書きて松につけたるは、草にて夏の詩』『赤き色紙に書きて卯の花につけたるは、仮名』、「あめつち」という初歩の手習いの言葉も含め、文字、歌、漢詩などを楷書、草書体、平仮名、片仮名、装飾文字と様々な文字で書いて、巻に仕立てて、あて宮の女房の孫王の君宛てに届けます。あて宮は「普段は才能を出し惜しみする人なのに、こんなにたくさん」と可笑しく思いながら、『白き色紙の、いと厚らかなる一重に』自筆で御礼の手紙を書くのでした。(『国譲上』)
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清少納言に「国譲は嫌い」と言われてしまった巻でもありますが、他にも紙が心の動きや登場人物の性格を表現するのに使われている場面があり、「紙にだけ注目するなら、そう悪くもないんじゃない?」と言いたくなる『蔵開』『国譲』なのでした。
※ご紹介した文章は華陽紙業にて意訳したものとなります。あて宮が好きすぎて東宮が無理を通したり、女一の宮が仲忠をおろおろさせたり、東宮争いで姉と妻の板挟みになった夫が困惑して出勤できなくなってしまったり、と、シリアスな場面も多いはずなのに、何故か、女性に振り回される男性が目立つ『うつほ物語』、是非原文でお楽しみ下さい。