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華陽ニュース
お城初心者のへぇーなお城 2
2026年の大河ドラマは『豊臣兄弟!』。『彼が長生きしていれば豊臣家の天下は安泰だった』との言葉もある豊臣秀吉の弟・秀長を主人公に、強い絆で困難を乗り越え、天下統一を成し遂げた兄弟のサクセスストーリーを描くと発表されています。
戦国時代はお城の時代。これまで特にお城に興味を持ってこなかったお城初心者が大河ドラマをきっかけに学び始めたお城の小ネタを、お城初心者の方は「へぇー」と、お城上級者の方は「えぇー・・・(そこからか・・・)」と思いながらお読み頂けると幸いです。
2 「お城の数は何故今12?」
15世紀には3~4万あったとされるお城が、何故「現存天守は12だけ」にまで姿を消してしまったのでしょう?
お城がその数を減らした危機はおおまかに4回あったのだそうです。まず最初は織田信長による「破城」。お城の軍事的・政治的意図を熟知していた信長は統制の障害となるお城を次々と破壊していき、豊臣秀吉も信長の政策を継いで邪魔になるお城を排除していったとのこと。この政策は徳川幕府にも引き継がれ、1615年、次のお城の危機となる「一国一城令」が発布されます。一領国にお城は一個にしましょうね、というこの法令の狙いは信長・秀吉と同じもの。この「破城」と「一国一城令」、そしてお城の修復等を届け出制にした「武家諸法度」により、江戸時代末期にはお城は200未満にまで数を減らしたとされています。
続いて明治政府が1873年に発令した「廃城令」がお城の数を更に減らします。1871年に廃藩置県が発令されて、藩が無くなったんだからお城ももう要らないよね、ということで、建造物と土地は陸軍省と大蔵省のものになり、多くのお城が壊されて、なかには焚きつけに使われた例もあったとか。これでお城は数十にまで数を減らし、4度目の危機となる戦火や火災によりさらに失われて、現在にまで天守が残っているのはわずか12城のみ、となったそうです。
つくるのには数年、時には数十年単位の時間がかかっているのに、壊すのは一瞬、と思うから余計に、今残っているお城、そして再建されたお城が愛おしくなるのかもしれません。