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華陽ニュース
お城初心者のへぇーなお城 5
2026年の大河ドラマは『豊臣兄弟!』。『彼が長生きしていれば豊臣家の天下は安泰だった』との言葉もある豊臣秀吉の弟・秀長を主人公に、強い絆で困難を乗り越え、天下統一を成し遂げた兄弟のサクセスストーリーを描くと発表されています。
戦国時代はお城の時代。これまで特にお城に興味を持ってこなかったお城初心者が大河ドラマをきっかけに学び始めたお城の小ネタを、お城初心者の方は「へぇー」と、お城上級者の方は「えぇー・・・(そこからか・・・)」と思いながらお読み頂けると幸いです。
5 「古代山城」と「山城」
日本のお城の歴史には「古代山城」と「山城」の2つの「山城」時代(?)が存在します。ひとつめの「古代山城」は天智天皇の時代。白村江の戦いで敗れた日本は唐との関係正常化を探る一方で、唐・新羅軍が日本に攻め込んできた場合に備え、百済の亡命将軍の指導の下、大宰府近辺や対馬、大和、讃岐に防備のための山城を築城しました。頂上付近に土塁や石塁を築き、山全体を防壁として大津の都を守ろうとしたもので、『日本書紀』などに大野城、水城などの名が記されています。また、文献に名前が見られないものの、同時期に同じ目的で築かれたと考えられている石塁の跡も発見されており、こちらは「神籠石(こうごいし)」と呼ばれ「古代山城」の一部と考えられています。
もうひとつの「山城」は南北朝時代から戦国時代に盛んに築かれるようになります。それまでは一時的な防御壁や見張り台という意味が強かったお城に、「籠城して戦う」という新しい戦い方を導入したとされているのが楠木正成の「赤坂城・千早城の戦い」。時代が下り合戦が日常化するなか、当初は平時の「居館」と有事の際の籠城先の「山城」を分けて築城していたのが、次第に「山城」に常駐するようになり、戦国時代後半には山全体を防御・軍事拠点とする大規模な山城が築城されるようになったとのこと。ただ、まだこの時代には「天守」は生まれておらず、自然の崖や険しい地形を生かし、敵の進路を断ち切り味方の攻撃をしやすくする堀や土塁、曲輪をつくり足して複雑な構造とした遺構が玄蕃尾城跡などとして残されています。