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お城初心者のへぇーなお城  25

 2026年の大河ドラマは『豊臣兄弟!』。『彼が長生きしていれば豊臣家の天下は安泰だった』との言葉もある豊臣秀吉の弟・秀長を主人公に、強い絆で困難を乗り越え、天下統一を成し遂げた兄弟のサクセスストーリーを描くと発表されています。
 戦国時代はお城の時代。これまで特にお城に興味を持ってこなかったお城初心者が大河ドラマをきっかけに学び始めたお城の小ネタを、お城初心者の方は「へぇー」と、お城上級者の方は「えぇー・・・(そこからか・・・)」と思いながらお読み頂けると幸いです。

25 「岐阜城」

 「岐阜」という地名は織田信長が改名したもの、というのは初心者でも知っていた話ですが、実は「岐阜」は3案のひとつだったそうです。改名案を出したのは臨済宗のお坊さんの沢彦さん。「岐山」「岐陽」「岐阜」の3つの案から織田信長が「岐阜」を選んだのだと伝わっています。
 岐阜城の元の名前は稲葉山城。鎌倉時代に築城された城を本格的な城郭に改修したのは斎藤道三で、孫の龍興が引き継いだそのお城を信長が戦で奪い取ることになります。以前は信長が「天守」「石垣」を備えた新式築城術を導入したのは安土城からと考えられていましたが、近年、岐阜の居館跡や城跡、小牧山城跡から信長時代のものと思われる石垣や瓦が発見・発掘され、その定説は覆りつつあるとのことです。
 現在の岐阜城天守は昭和31年に復興されたもので、元の岐阜城は1601年に廃城、櫓などは加納城に移築されたと伝わっていますが、信長統治当時、岐阜城を訪れ麓の居館だけでなく山上のお城にも案内された宣教師フロイスはその著書に「御殿の縁側から濃尾平野が一望でき、座敷は金屏風で飾られていた」との記述を残しており、今の復興天守がある場所に豪華な建築物があった可能性を示唆しています。
 井口の名を「岐阜」に改め、「天下布武」の印章を使い始めたこの地で、信長はどこまでの範囲のどんな治世を思い描いていたのか。そんな想像がかき立てられる、山上のお城からの眺めです。