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【紙のソムリエ】番外編 シート先輩とコマキさんの紙に関する四方山話64 中が見える紙パッケージ
「お帰りなさい、シート先輩。大丈夫ですか?タオルどうぞ。」
「有難う、コマキさん。いきなり降られちゃって。そろそろ傘を持ち歩かないとダメかなあ」
「そういう時期ですよね。でも、私、紫陽花が好きなので、そういう意味では楽しみな季節でもあります。」
「梅雨の時期の花と言えば、の定番だね。」
「今の時期なら、実はもう一つ見てみたい花があって。」
「何?」
「山荷葉です。小さな白い花なのですが、雨が降ると透明になるのだそうですよ。」
「白い花なのに、雨が降ると透明に見えるってどういう仕組みなの?」
「もともと山荷葉の花が白く見えるのは花びらの細胞にたくさんの気泡が含まれているからだそうです。この泡が光を乱反射することで白く見えるのだとか。ただ、花が咲く時期に長雨に当たると、水分が花びらの細胞に入り込むことで乱反射が起きにくくなって、そのため透けて見える場合があるのだそうです。」
「なるほど。紙が白いのと理屈は同じだね。」
「そうなのですか?」
「紙は繊維が絡み合った構造でしょ?繊維と繊維の間には空気を含んだ隙間があって、これを「空隙」とか「ボイド」とかって呼ぶんだけど、紙に入り込んだ光はこのボイドと繊維の境界面で乱反射を起こすんだ。だから紙は不透明になり、白く見える。」
「そうなのですね。実は『サンカヨウ』の名前を最初に聞いたのは、花ではなくて紙の名前としてなのです。」
「紙の名前?」
「王子マテリアさんが開発された紙です。山荷葉の花の構造をヒントに、特定の樹脂を浸み込ませるとその部分が透明になる『サンカヨウ』を開発されたとか。『使用パルプの最適化と抄紙技術の検討』が透明化技術の核なのだそうですが、先輩がお話しされた乱反射をいかにコントロールするかということなのかもしれませんね。」
「大きく言えばそういうことになるかな。関係があるかどうかは分からないけど、叩解の方法や機械の違いが紙の不透明性に影響を与えるという話もあるよ。」
「叩解というと、パルプの繊維を叩いて密着しやすくさせる工程ですね。」
「そう。手漉きでも機械抄紙でも叩解という工程はあって、叩解を行うことによって繊維は枝状に分岐、これを『フィブリル化』って言うんだけど、フィブリル化して水素結合を起こしやすくなって強い紙になったり、また繊維がカットされて長さが揃うことで地合いの良い紙ができたりする。で、この叩解なんだけど、叩解機の種類や方法によって、主に繊維をカットするものと、主に繊維をフィブリル化させるものの2種類あるんだ。カットが主な方を『遊離状叩解』、フィブリル化が主な方を『粘状叩解』って言うんだけど、一般に粘状叩解の方が強い紙になるけど不透明度は落ちる傾向があるとされてるんだよね。」
「そうなのですね。『抄紙技術の検討』とはそういうものも含むのかもしれませんね。」
「いやいや、それ以外にも、例えば薬品で繊維を変質させることで空隙を埋める方法だってあるし、詳しい製法が公表されているわけじゃないから、どんな方法とは言えないんだけどね。」
「それにしてもサンカヨウか・・・どこかで聞いた覚えはあるんだけど」
「シート先輩がお聞きになったのは、『紙エール』の原紙として、ではないですか?」
「『紙エール』!王子さんとイムラさんが共同開発した、透ける紙製のパッケージ素材だね。」
「はい。鼻セレブマスクや万年筆の包材などに採用されていますよね。
・紙素材なのに中身が透けて見える
・別素材を貼り合わせて窓にする必要がない
・分別せずに紙としてリサイクルできる
という特長は、原紙にサンカヨウを採用しているから可能になったのです。」
「年初に『紙エールデザインウィンドウ』がアジア包装連盟のアジアスターコンテスト2024のエコパッケージ部門でアジアスター賞を受賞したっていうのも話題になってたよね。」
「はい。透けるのに紙製でリサイクルできる、という点で、プラスチック包材からの代替が期待されていますね。」
「透ける紙包材と言えば、ほかにも、『シルビオクリア』がそうですよね。」
「王子エフテックスのシルビオシリーズのひとつだね。『シルビオクリア』は高透明紙とプラスチックフィルムの貼り合わせだから、サンカヨウとは設計が違うだろうけどね。」
「高透明紙と言えば、グラシン紙やトレーシングペーパーは古くからある高透明紙ですよね。これもサンカヨウとは違う技術による透明化なのでしょうか?」
「サンカヨウの技術は分からないけど、グラシン紙やトレーシングペーパーが透けるのは、さっき言った粘状叩解を高度に行うからだよ。おおざっぱに言えば、たくさん叩くことで繊維が枝分かれして繊維間の隙間をなくしていくから、乱反射が起こりにくくなって透明度の高い紙ができる。グラシン紙の場合はさらにその後、スーパーカレンダーで圧力をかけられて、さらに高密度になって透明性を高められるというわけ。ただ、グラシン紙にしてもトレーシングペーパーにしても、高密度なうえに繊維が短くなっているから、リサイクルできないわけじゃないけど、向いているとも言い難い。古紙リサイクル適性ランクだとBに分類されているね。」
「サンカヨウの説明文に『リサイクル時の離解性を向上させ』とありましたから、その点でも考慮されているというわけなのですね。」
「製紙各社がいろいろな方法で使い捨てプラスチックの削減に貢献しようと開発を続けていますから、また別な方法で紙製の中身が見えるパッケージが登場するかもしれませんね。」
「そう言えばコマキさん、『バイオミメティクス』っていう言葉は知ってる?」
「はい。自然界の生き物の構造などをお手本にして商品開発に生かす手法ですよね。サンカヨウもバイオミメティクスなのですね。」
「そうだね。製紙は森林と密接に関わっている業界なんだから、まず自然に学ぶ姿勢が大切と言えるかも。手始めに、山荷葉の現物を見に行ってみる?」
「あー、私も見てみたいのは確かなのですが、簡単ではないかもしれません。」
「そうなの?」
「まず、山荷葉は高山植物の一種なのです。この辺りだと天生県立自然公園で見られるそうなのですが・・・」
「ハイキング・・・いや、トレッキング?登山かな?」
「しかも、時期が合って花自体は見られたとしても、花が透明に見えるためには、天気や気温、湿度などいろいろな条件が揃うことが必要だそうで・・・」
「サンカヨウがメーカーさんによる技術の結晶なのと同じで、透明な山荷葉も自然による技術の結晶ってことか。・・・あ、今、僕、上手いこと言った?」
「・・・・・・」