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【紙のソムリエ】番外編 シート先輩とコマキさんの紙に関する四方山話71 障子

「おはよう、コマキさん。明けましておめでとうございます。」
「おめでとうございます、シート先輩。良いお休みでした?」
「うん、それなりに。実家にみんなで集まって、ご飯食べて、百人一首して・・・あ、そう言えば、年末に初挑戦したことがあったよ。」
「初挑戦?」
「障子の張替え。」

「障子の張替え?」
「うん。うちの実家、居間と台所が障子で区切られてるんだよね。で、年末前にいつも両親が張り替えてるんだけど、今年はお天気の良い日がなかったからって。」
「障子の張替えにお天気が関係あるのですか?」
「障子の張替えって結構水を使うんだよ。紙を剥がすときに水を含ませたり、紙を剥がした後で桟を拭いたり。それを日陰で乾かした後で、うちの場合は桟に糊を塗って、紙を貼って、また日陰で乾かす。これを雨の日にやると、乾くのに時間がかかるから雨の日にはやらないって母は言ってたけど、紙に関係する僕たちがもっと気になる点としては」
「あ、湿気で紙が伸びますね。」
「それだよね。理屈としては紙が伸びてる状態で貼って、乾いたら縮んでピンと張る、っていうのが良いのかもしれないけど、そこまで上手く紙の伸びをコントロールできる自信はないし、湿度が落ち着いてるお天気の良い日にやった方が良いってことなんじゃないかなって。」

「そういえば、もともと障子ってもっと重かったのだと聞いたことがあります。」
「もともと障子が障子じゃなかったって話かな?」
「?」
「障子の原型に当たるものが日本にあったってことが確実な文献として残っているのは奈良時代。だから奈良時代か、ひょっとしたら飛鳥時代に中国から伝来したものだと考えられているんだけど、この時の障子は衝立みたいなものだと考えられているんだ。で、平安時代になってその衝立が改良された。絹や紙が張られた戸を、間仕切りに使ったり嵌め殺しで壁として使うようになったんだけど、襖とか唐紙とか呼ばれたこの障子は今よりずっと大きくて重かった。」
「襖も唐紙も衝立も、全部『障子』なのですか?」
「当時は障子って間仕切りのための建具の総称だったんだって。だから、襖も唐紙も衝立も、板戸や屏風だってみんな障子だった。今の障子に当たるものは『明り障子』って呼ばれてて、襖や唐紙と同時期に開発されたものなんだ。襖や唐紙と同様に今よりもっと重くて細かい格子に、本当は板を張るところを紙を貼ったものだったから、今よりずっと重かったんだって話。」
「その後改良されていくのですね。」
「平安時代には明り障子はそれほど使われていなかった。普及するのは鎌倉時代に下の方だけ板張りになった腰付き障子が開発されたり、舞良戸っていう板戸と一緒に使うようになってから。どうしても紙は板に比べて風雨に弱いから、それをカバーできる技術が生まれて、外部との仕切りとして実用に耐えるものになったってことだと思う。それから、室町、戦国、江戸と時代が下るのに従って、貴族や僧侶から武家、富裕層、一般庶民の住宅っていう風に使用層が広がっていった。」
「紙と一緒ですね。紙が一般に使えるようになって初めて障子も一般で使えるようになったということなのですね。」

「障子のある部屋には温かみを感じます。」
「デザインとか感性の問題もあるんだろうけど、実際に和紙を使った障子には保温性があるんだよ。紙はもともと熱伝導率が低くて熱が逃げにくい性質だけど、和紙は洋紙より空隙が多いから空気を多く含んでいることによる断熱効果も期待できる。障子を通した光が柔らかく感じられるのも同じで、紙によって光の透過率を半分程度にすることと、多数の空隙で光が拡散されることで、まぶしくないけど均一に明るい、柔らかな光が差し込むことになって、その意味でも温かみを感じられるようになるんだ。」
 

「障子、良いですね。うちにはもうないのです。」
「うちも。実家にはまだあるんだけど、住んでた頃は張る方はやらせてもらえなかった。張り替えるから破いていいよ、はあったけど。」
「張る方も任せて良いかな、って、思ってもらえるくらい大人になったということですね。」
「いや、あれは多分、帰って来てもごろごろしてるだけの僕が目障りだったんだろうな・・・」
「ああ、だから、視線を遮る障子担当に。」
「いや、なんか上手いこといった風になってるけど、そんなことないからね!」