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【紙のソムリエ】シートくんとロール先輩の紙修行 41 自由研究?~紙の歴史~


【今回のお話】
夏休み。シートくん、自由研究に頭を悩ませますが・・・
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登場人物御紹介

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シートくん
岐阜の印刷会社で働く、若手営業マン。知識と経験の不足を熱意でカバーすべく、今日も元気に紙修行中。
熱中症予防で水分を取り過ぎ、いつも以上に汗をかきながら営業に走り回る日々。
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ロール先輩
何かと足りないシートくんを優しく導く、工務の先輩社員。
夏バテ予防でご飯を食べ過ぎ、ダイエットにと社内を走り回る日々。
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ブック部長
シートくんやロール先輩の仕事ぶりを温かく見守る営業部長。 130507_palet
パレットちゃん
いつも優しくて可愛い総務の先輩・・・?

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昼休みだというのに、難しい顔で腕組みするシートくん。理由を尋ねると、「自由研究、何にするか思いつかなくて・・・」。微妙な反応のロール先輩に、言葉が足りなかったことに気付き、慌てて補足します。「違いますよ。僕じゃなくて、姪です。もう8月に入ったのに何もしてないらしくて、姉に相談されたんですけど・・・」 150810_somu01
150810_somu02 シートくんの答えにほっとして、ロール先輩も案を考え始めます。
「ジャンルは決まってるの?理科とか、工作とか。」「何でも良いらしいんですけど、逆にそれで迷っちゃって。ネットで検索すれば色々出てきますけど、他の子と同じになっちゃうのは嫌なんじゃないかなって。で、何かオリジナリティーのあるものはないかな、と・・・」シートくんの言葉に頭をひねるロール先輩、思いついて、あぁ、と目を輝かせます。「社会科系でも良いんだよね?」

「社会科系?調べものをしてまとめる感じですか?」
「うん。叔父さんの職業に関係する分野ってことで、紙の歴史なんか、どうかな?」
「紙の歴史って言うと、中国の蔡倫が105年に発明して、それを高句麗の僧侶、曇徴が日本に伝えて、っていう・・・」
「それ、どっちも今ではちょっと違うんじゃないかなってことになってるよね。その辺を調べるのも諸説あって面白いと思うけど、その辺りは割とメジャーで他の子と重なる心配もあるから、もっとマイナーなところはどうかなって。」
「マイナー?」
「国産洋紙産業の始まりの辺りなんて、どう?」

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「前に和紙の話をしていた時に、和紙も洋紙も起源は中国、って話をしたの、覚えてる?」
「えっと、中国の蔡倫が西暦105年頃に、今の製法につながる紙の製造方法を改良、確立したんですよね。で、日本へは、遅くとも飛鳥時代には製法が伝わって、独自の改良が加えられて今日の和紙につながっている。一方、西洋社会には、中国、中央アジア、中近東、北アフリカ、ヨーロッパっていう順番で製法が伝えられて、12世紀ごろにはそれまで主流だった羊皮紙に代わって、ヨーロッパでも紙が記録や包装に使われるようになった。」
「そうだね。ちなみに、この時点では、洋紙もまだ手漉きだった。1450年頃にグーテンベルクによって活版印刷が発明されて、紙の需要が急激に増えて、道具は色々改良されるけど、抄紙機が発明されるのはそれから300年以上後の1798年。フランスのルイ・ロベールが発明した機械が、産業革命時代のイギリスに渡ってどんどん改良されて、アメリカに輸出されてそこでも改良されて、日本にやってくる頃には大量生産が可能な、今の機械の原型になるものに進化していたってわけ。」
「日本に抄紙機がやってくるのはいつですか?」
「明治維新後の1870年代だね。」
「発明から100年もしないうちに進化したってことですか。それまで1700年間ぐらい手漉きだった、って考えると、すごい進歩ですね。」
「機械もすごいけど、それを急速に取り入れようとした明治時代の日本人もすごいと思うよ。渋沢栄一氏が海外視察のお供で新聞社や紙幣製作所を見学したのが1867~1869年頃、で、日本初の製紙会社が操業を始めるのが1874年だからね。明治時代の西洋化に対しては色々な評価があるけど、その素早さというか、フットワークの軽さは高評価されても良いところだと思うんだけど。」

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「えっと、今の話の流れから言うと、日本の洋紙製造産業の始まりは渋沢栄一さんからで、王子製紙さんから、ってことですか?」
「うーん。『正解』とも言えるし、『不正解』とも言える。そこが面白いところというか、調べてまとめる価値があると思うところなんだけどね。渋沢栄一氏が作った『王子製紙』の前身は『抄紙会社』。でも、この会社は、日本で初めて抄紙を始めた製紙会社ではないの。年代順で言うと・・・」

明治3年
(1870年)
大阪の商人、百武安兵衛が伊藤博文の米国視察に同行し製紙事業を視察。日本に機械抄きの製紙会社を作ることを考える。
明治4年
(1871年)
百武安兵衛が『洋法楮製商社』を創立、抄紙機をイギリスに発注する。
明治5年
(1872年)
元広島藩主・浅野侯爵が大蔵省のお雇いイギリス人、トーマス・ウォートルスの話を家令から聞き、製紙事業の起業を指示。『浅野家有恒社』を創立。
明治5年(1872年)
10月
経済的に厳しく、製紙業を断念した百武安兵衛が、後藤象二郎経営の『蓬莱社』に、発注した抄紙機の引取を依頼。
明治6年
(1873年)
渋沢栄一が『抄紙会社』を創立。
明治7年(1874年)
8月
『浅野家有恒社』が操業開始。
明治8年(1875年)
2月
『蓬莱社製紙部』が操業開始。経営は真島襄一郎が担当。
明治8年(1875年)
12月
『抄紙会社』が操業開始。

「そうか。渋沢栄一さんの『抄紙会社』は3番目なんですね。」
「でも、その後、色々あってね・・・」

蓬莱社 会社本体は1876年に倒産。製紙部は真島襄一郎が引継ぎ、『大阪紙砂糖製造所』となるが、後に売却、経営者が代わるのに応じて『大阪製紙所』『下郷製紙所』『中之島製紙』と変遷し、1920年、『樺太工業』に吸収合併される。その『樺太工業』も1923年に『王子製紙』に吸収合併される。
有恒社 浅野家の経営を離れ、1906年『株式会社有恒社』となった後、1924年『王子製紙』に吸収合併される。

「結局3社とも『王子製紙』になっちゃうから、『正解でもあり不正解でもある』ってことなんですね。」
「その『王子製紙』も、太平洋戦争後に解体されて、『苫小牧製紙』『本州製紙』『十條製紙』になってしまう。この『苫小牧製紙』と『本州製紙』が今の王子ホールディングス、『十條製紙』が今の日本製紙になるってわけで、今もだけど、この辺り、変遷が激しくて、まとめると面白い自由研究になると思うんだよね。」

bluecubeline

「もう一つ面白いなあって思うのが、この時代の紙業界の置かれた状況なんだよね。」

・明治維新後の産業の盛り上がりで、燃料の石炭が需要増により高騰。
・新会社の設立が相次ぎ、洋紙業界は供給過剰に。
・長い歴史や使用実績から使用者の信頼を得ている和紙、品質が良く価格も安い輸入洋紙との競合で需要は伸び悩み。
・明治10年(1877年)頃からしばらく日本の外国為替相場が下落傾向に。輸入洋紙の代替として国産洋紙が使われ始める。

「燃料の高騰、他のメディアとの競合、安い輸入紙、円安・・・品質とか操業の安定性とか細部は全く違うはずなのに、状況は何だか今と似てますね。」
「でしょ?でも、国内販売に関しては今より更に逼迫してたみたいだけどね。有恒社の社史に当たる本が大正時代に出版されてるんだけど、それによると、操業開始から3年間、作った紙が全く売れなくてずっと在庫してたらしいよ。明治9年(1876年)に大蔵省が発注した地券紙の製造を受注したり、翌10年(1877年)に西南戦争が起こって新聞なんかの発行部数が伸びたりしてやっと在庫が捌けたって書いてある。」
「3年・・・厳しいですね・・・・・・」
「有恒社だけじゃなくて他の会社も同じ状況だったらしいけどね。でも、西南戦争が終わると紙業界はまた不況に逆戻り。この不況にみんなで協力して立ち向かおう、ってことで、明治13年(1880年)に『製紙所連合会』っていう組織ができるの。『抄紙会社』から改名した『製紙会社』、後で三菱製紙になる『神戸製紙所』、『有恒社』、『真島製紙所』、『三田製紙所』っていう、当時の有力メーカーが参加して発足した組織で、国産紙の技術を改良して輸入紙に対抗できる低価格販売を実現していきましょう、っていう趣旨。価格協定のために上限・下限の販売価格も決めてて、『国内製紙価格の安定』を図ったりしてたんだけど、ベルギー製の安い輸入紙が入ってきたり、協定違反があったりして、3年もしないうちに上限は無効化、下限は廃止されたって話だけどね。」

bluecubeline

「この辺のことが書いてある本って、学術的に大切な著作物なんだろうけど、普通に読み物として面白いんだよね。だから夏休みの自由研究に良いんじゃないかなって思うんだけど。」
「確かにどの話も面白いです。でも先輩・・・」
「例えば、有恒社が浅野家の家紋を透かしにした襖紙を抄いたんだって。当時の輸入紙って、印刷する前に紙を水に浸してたんだけど、この襖紙は柔らかいから水に浸けなくても良いんじゃないかって話になって試しにそのまま刷ってみたら、悪くない印刷に仕上がった。で、やっぱり試しにって、輸入紙も水に浸けずに印刷したら、これも綺麗に仕上がった。今まで無駄なことをしてたんだねって、関係者一同苦笑した、なんて話が載ってるの。」
「・・・面白い。確かに面白いですけど、先輩・・・」
「この襖紙には他にも面白い話があって、全く売れなくてずっと在庫になってたんだけど、或る日、有恒社の販売担当の人がお花見に行こうとしてるところに・・・」
「いや、だから、先輩!!」
興が乗って話し続けていたロール先輩を、必死な顔のシートくんが遮ります。
「・・・・・・面白くなかった?」
「いや、話は面白いです。でも、先輩、さっき、大正時代の本だって言われましたよね。」
「うん。何冊かはね。」
「と言うと、旧仮名遣い?」
「うん。漢字も旧字体だからちょっと読みにくいかな。でも、その辺も勉強になるかな、と・・・・・・」
「先輩・・・・・・」
シートくん、深々と溜息を吐いて、
「うちの姪はまだ小学2年生なんです。」
「・・・・・・」
ロール先輩らしくないミスに、毎日暑いですからね、と理由にならない慰めを口にするシートくんなのでした。

※文中敬称略
※この文章を作成するに当たり、下記の本や論文を参照、或いは引用させて頂きました。
「紙の文化事典」 尾鍋史彦・伊部京子・松倉紀男・丸尾敏雄 編 朝倉書店(2006年)
「製紙所連合会の設立と価格協定:日本におけるカルテル的活動の嚆矢」 四宮俊之 弘前大学リポジトリ http://hdl.handle.net/10129/1736
「浅野家の有恒社と株式会社有恒社」 関彪 (1924年)
「洋紙二十五年史」 博進社 編 (1922年)

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