不定期配信　マウスちゃんとメモリ主任のＩＴ１年生３０

情報の重要性が増す昨今、弊社では情報セキュリティについて、その意義や情報を共有する取り組みを続けています。
担当チームが社内向けにまとめた資料などを基に、軽い読み物を不定期でお届けできればと思いますので、ご笑覧頂ければ幸いでございます。

　外出先から帰ってきたイーさん、部長席に行って何かを報告した後、自分の席に戻ってきましたが、なんだか元気がありません。
「どうしたんですか、イーさん？」
「お客様を不快にさせちゃった・・・」
　しょんぼりした姿を見かねて、休憩室に誘います。　

「何があったんですか？」
「見積もりを頼まれて、３銘柄ご紹介して・・・そのうちのひとつが特におすすめだったから、その製品を強調した見積書にして提出したんだけど・・・」
「？それで？」
「そういうのは良くないって。自分が売りたい商品を優先して強調するっていう姿勢の営業さんは好きじゃないって言われちゃって。」
「・・・ご機嫌が悪かっただけとか？」
「そんな方じゃないし、感情的に怒られたわけでもないんだ。冷静に指摘されただけで。もちろん、良くない商品を自分の都合で売ろうとしたわけじゃないよ。本当におすすめだと思っただけなんだけど・・・ただ、とても良い方だから、『好きじゃない』なんて言われるとは思ってもみなくて・・・」
　しょんぼりするイーさんに、どう慰めれば良いのか口ごもるマウスちゃん。
「それは、『ダークパターン』は最終的には評判を落とす可能性がある、と教えて下さっただけかもしれませんよ。」
　２人に声を掛けたのは、ちょうど休憩室に入ってきたメモリ主任でした。

「メモリ主任！・・・『ダークパターン』、ですか？」
「はい。『ディセプティブデザイン』とも言いますね。ウェブサイトやアプリなどに対して使われることが多い言葉ですが。消費者を誘導したり気づきにくくさせたりすることで、商品の購入やサービスの契約に導くデザインを指します。例えばＥＣサイトなどで、『購入する』ボタンが『購入しない』ボタンより異常に大きかったり目立ったりするものを見たことはありませんか？」
「あります。あと、１回だけ購入したいだけなのに、『定期購入』ボタンが目立つように表示されてて、間違って押しちゃいそうになるとか。」
「そのほかにも、入会は簡単なのに解約には多くの手間がかかる場合や、期間限定と銘打ったり、カウントダウンタイマーを表示するなどで消費者の冷静な選択を阻害する場合、強制的に個人情報を収集する場合など、さまざまな類型的な手法があるとされています。」

「取り締まることはできないんですか？」
「法改正がされているものもありますし、海外では大手サイトやＩＴ企業が提訴されたりもしていますが、根絶は難しいようですね。そもそも、手法自体はインターネットが普及する以前からあるものですし。」
「そんなに以前から？」
「例えば『閉店セール』とか『○○人が購入しています』という言葉につられて、買うつもりがなかったものを買ってしまったことはありませんか？こういう手法は以前からありましたし、違法というわけでもありません。」
「確かに・・・でも、消費者としては嫌な気分になりますね。」
「そうですね。その『嫌な気分』がダークパターンの根絶に効くと言われています。」
「え？」
「例えば先ほど言った『解約がしにくい』とか『売り手の都合の良いサービスに契約させられそうになる』といったことが続くと、そのサイトは信用できない、と評判を落とすことになります。それが消費者離れにつながれば、自ずとそういったデザインは使われなくなる。そんな風に、賢く対処していくことが、本当に悪質なデザインを駆逐していくことになるのではないかと考えられていますね。」

　だから、とメモリ主任はイーさんに向き直ります。
「お客様もイーさんに悪気がないことは分かっておられたのではないでしょうか。そのうえで、イーさんが作成した見積書に危うさを感じられた。このまま放置すると、将来イーさんの評判を落とすことになるかもしれない。そこであえて、普段は使わない強い表現で、不快感を示された。そういうことなのではないですか？」
　そういう方ですよね、というメモリ主任の言葉が耳にして。
「そう、ですね。指摘して下さったんですよね。なのに、僕、『嫌われた』ってことばっかり考えてて・・・」
　見積書をつくり直して、もう一度訪問してきます。すっかり元気になったイーさんがそう言って席に戻った後。
「メモリ主任もご存じのお客様だったんですね。」
　そう言ったマウスちゃんに、
「いいえ。私は直接は存じ上げないですね。」
　そう返したメモリ主任に、マウスちゃん、目を大きく見開きます。
「え、でも、そういう方ですよね、って・・・」
「イーさんが『とても良い方』だと信じている『そういう方』、ですよね、という意味ですよ。」
「えー・・・」
　それってダークパターンじゃなくてダーク主任・・・と思っても、口には出さない賢いマウスちゃんなのでした。