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【紙のソムリエ】番外編 シート先輩とコマキさんの紙に関する四方山話54 和紙と植物
「おはよう、コマキさん。・・・あれ?なんか、爽やかな・・・」
「おはようございます、シート先輩。これかもしれません。」
「えっと・・・葉っぱ?」
「ミニ薬玉です。葉っぱはショウブ。姉が菖蒲湯用にと買ってきたのでつくってみました。」
「ショウブって、あの、紫色の花が咲く?」
「それはハナショウブですね。香りが特徴のショウブとは違う植物なのですよ。」
「へー、そうなんだ。・・・じゃあ、コマキさん、コウゾとヒメコウゾは別物って知ってる?」
「楮というと、和紙の原料の楮ですよね。いろいろな種類があるのですか?」
「コウゾとヒメコウゾの関係に限って言えば、種類というより、親子関係って言った方がいいのかな。同じコウゾ属にカジノキっていう樹木があって、このカジノキとヒメコウゾの交雑種がコウゾだっていうのが今は定説になっているんだって。日本で紙の原料として栽培されているのはこのコウゾなんだけど、もともとカジノキもヒメコウゾも紙の原料として使われていたし、コウゾをカジノキって呼んでる地域もあれば、『楮』っていう言葉がコウゾだけじゃなくカジノキやヒメコウゾを指す場合もあるらしいよ。」
「違いが分かりにくい、ということでしょうか?」
「それが、紙の原料としてみると、ちゃんと違いはあるんだって。同じコウゾでも、細くて繊細な繊維がとれるのもあれば、繊維が長くて雲竜紙向きっていうのもあって、紙職人の方はその違いを見極めて紙を漉いてるって話。」
「そう言えば、美濃和紙に使われる楮は茨城県産だと聞いたことがあります。」
「越前和紙もそうだって話だね。那須楮は繊維が細くて光沢が良くて、書写用や修復用の薄い和紙を漉くのに向いているとされている。ただ、書写用には向かないけど繊維が長くて丈夫で傘紙や表具用には最適、っていう楮もあるから、やっぱり、それぞれの楮に向く漉き方、向く用途があるってことだと思うよ。」
「和紙の原料と言えば、楮のほかには、雁皮、三椏、がまず浮かびます。」
楮 | クワ科コウゾ属(カジノキ属)の落葉低木。細く長いものと、幅が広く半透明な2種類の繊維が混在しており、同じ楮でも2種類の混合具合などによって多様な特徴を発現する。丈夫で光沢のある紙が漉ける。現在の国内の産地は高知県、新潟県、茨城県など。 |
雁皮 | ジンチョウゲ科ガンピ属の落葉低木。楮と比較すると繊維が細くて短く、平滑で絹のような光沢のある紙になる。虫害に強い。雁皮紙のことを『斐紙』ともいうが、『斐』は美しいの意味。江戸期には雁皮でつくられた鳥の子紙のことを「紙の王」と称える書物もあった。栽培が難しく、生産量は少ない。 |
三椏 | ジンチョウゲ科ミツマタ属の落葉低木。枝が規則正しく3つに分かれることからこの名がついた。雁皮に特性が近く、平滑で書きやすい紙ができる。日本では長らく紙幣用紙に使用されている。雁皮よりは栽培がしやすく、国内の生産地は兵庫県、徳島県、岡山県などだが、現代の紙幣用紙としては輸入三椏が圧倒的に多い。文献で三椏が紙の原料として使われていたと確認できるのは1598年の文書であるため、江戸時代ごろから紙の原料としての使用が拡大したと考えられている。 |
「国産だと確認できている最古の和紙も主原料は楮なんだって。でも、それより古いものは麻が主原料のものも多いし、平安時代に品質の良い紙とされた陸奥紙は、もとはマユミが主原料だったとされている。」
「原料だけでなく、ネリなどの紙薬も植物性なのですよね?」
「ネリの原料はサネカズラやハルニレ、ノリウツギ、あと、今のネリの主原料になっているトロロアオイ。滲み止めに使われたのは米粉。紙を染めるのは、虫害予防の効果もあったキハダ。あとクチナシ、クヌギ、スオウ、ベニバナとかね。」
「原料だけでなく品質を上げたり生産性を向上するのも植物の力だったのですね。」
「その、植物の力を借りてるって話だけど、紙の始まりはぼろわたの再利用からだっていうのは知ってる?」
「再利用ですか?」
「そう。もともと紙は麻からできたんだけど、麻を採ってきてまず紙をつくったんじゃなくて、まずは衣服をつくるための糸を取るところから始まったんだ。で、その麻糸でできた服とか縄とかのぼろを再利用してできたのが最初の紙だと考えられている。」
「現在の、紙の原料の60%以上は古紙だという状況に似ていますね。」
「そうでしょ?で、楮が紙の主原料になったら、その楮は栽培して活用している。楮にしたって、全部伐っちゃうんじゃなくて、使う分だけ伐って、翌年にまた伸びた分を伐って使ってっていう風に、持続的に使っているんだよ。」
「それも現在と同じですね。使う分は植林して、上手く循環するようにして有効活用しているところが。」
「そう。だから、紙っていうのは、誕生から、循環型で再生型で持続可能な産業なんだよなって思って。・・・コマキさんのその葉っぱみたいに。」
「あ、これは菖蒲湯にした残りなので、どちらかというとカスケード利用ですね。」
「菖蒲湯か・・・そう言えば、この前、姪に、『おじちゃんなんか、菖蒲湯に入って無くなっちゃえば良いんだ!』って言われたんだけど・・・」
「ああ、菖蒲湯は邪気払いですから。」
「邪気・・・」
「・・・何をなさったのかは知りませんけど、早めに謝った方が良いと思いますよ・・・・・・」
※文中、敬称略