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【紙のソムリエ】番外編 シート先輩とコマキさんの紙に関する四方山話39 原料の歴史
「お疲れ様、コマキさん。そのブックカバー、綺麗だね。」
「お疲れ様です、シート先輩。元はチョコの包装紙なのですよ。」
「ああ、そういう時期か。」
「包装紙と言えば、私、いつもちょっと引っかかることがあって。」
「?」
「新聞に針葉樹パルプの動向が掲載されるときに、『家庭紙の原料となる』という形容詞がつくことがありますよね。それを見るたびに、なんとなくしっくりこないなって。」
「僕らは新入社員研修で針葉樹パルプのこと、『包装紙などの原料』って習うもんね。でもコマキさん、パルプが紙の原料になったのは本当につい最近だって話は知ってる?」
「紙の最初の原料は麻だったそうですね。」
「もう少し正確に言うと、今のところ発見されている最古の紙とされているものが麻紙だ、ということだね。中国各地で紀元前の製作と推定される紙がいろいろ見つかってるんだけど、それが麻布や麻縄などのボロを使ったものだとされている。これらの紙のなかには、耳がついていたり、漉簀の跡と思われるものが付いているものもあって、確かに紙と言っていいよね、って考えられているそうだよ。」
「蔡倫の登場より前のことなのですね。」
「蔡倫は紀元105年ごろの人とされているからね。その蔡倫の名前が出てくる歴史書に、紙の原料として記されているのが、麻の繊維、木の皮、魚網。安定供給可能な樹皮を原料にすることで紙を使用する場面が増えたと言われているんだよ。」
「日本では伝統的な和紙の原料と言えば楮、雁皮、ミツマタの樹皮が使用されます。」
「聖徳太子が楮の増産を奨励した、なんて話もあるくらい、昔から使われている原料だよね。朝鮮半島の紙ももともとは楮が主原料だったそうだよ。対して中国では、出版が盛んになった宋の時代に大量の紙が必要になったことから、樹皮と一緒に竹の繊維、稲や麦わらも原料として用いられるようになった。古紙を使った再生紙づくりも北宋の時代に始まったとされている。」
「中国から西へは中央アジアやヨーロッパへと製紙法が伝わっていますが、そちらでも原料が楮、という話は聞きませんね。」
「西側では麻や亜麻が原料として使われたんだ。あと木綿のボロとかね。でも紙の使用量が増えるにつれて原料不足が深刻になって、イネ科の草やワラを混ぜて原料にするようなことも行われていた。そんな中で、1840年代にドイツで丸太をすりつぶして繊維を取り出す方法が実用化されて、これが木材パルプを紙の原料にした始まりだとされているんだ。」
「機械パルプですね。」
「そう。ただ、この方法だと繊維が短く、弱くなってしまうから、もともと繊維が短い広葉樹は使えなくて、繊維が長くて丈夫な針葉樹が原料として使われていた。樹種を選ばず、強い繊維を得られるクラフトパルプ法が開発されたのは1879年。」
「40年くらい後になるのですね。」
「とはいえ、最初に製造されたクラフトパルプは漂白がしにくくて、未晒でも大丈夫な包装紙や袋くらいしか使い道がなかったそうだよ。そこから漂白法や漂白剤が開発され、クラフトパルプ特有の悪臭問題を改善する設備が開発されて、今みたいに、製紙法と言えばクラフトパルプ法、日本で印刷用紙と言えばパルプの主原料は広葉樹、というくらいにまで浸透するには長い時間が必要だった、という話。」
「紙の原料もいろいろ変化してきているのですね。」
「まあ、その背景にあるのは、品質向上と安定供給、生産性向上だから、その点では変わってないといえるのかもしれないけどね。」
「そうですね。」
「表面は変わっても大切なことは変わらないってことかな。・・・で、もう一つの大切なことなんだけど。」
「?」
「その綺麗な包装紙の中身のチョコはどこに行ったのかな~って。」
「あ、はい。同期の子と分けて食べました。美味しかったですよ。」
「・・・・・良かったね。」
※文中、敬称略