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【紙のソムリエ】番外編 シート先輩とコマキさんの紙に関する四方山話53 和紙の製法

「おはようございます、シート先輩。・・・上を向いて歩くと転びますよ。」
「おはよう、コマキさん。桜、綺麗だなあと思って。」
「今年は咲くのが遅くて心配しましたから、ひとしお感慨深いですね。残念ながらお花見はできませんでしたが。」
「僕も。あ、でも、お花見って、もともとは桜じゃなくて梅だったんだってね。」
「お花見が梅じゃなくて桜になったのは、平安時代からだという話ですね。遣唐使の廃止で、国風文化が発展したのと同じ現象でしょうか?」
「どうだろうね。そう言えば、和紙の製法の主流が『溜め漉き』から『流し漉き』になったのも、同じ頃からだよ。」

「すみません、シート先輩。私、『溜め漉き』と『流し漉き』の違いがしっかりとは分かっていないのですが。」
「えーっと、じゃあ、その話をする前に簡単に手漉きの和紙の製法をおさらいしようか。原料によって多少工程に違いはあるけど、一番代表的な楮の場合だと、

①原料となる樹皮を剥ぐ 楮などの原料となる木を刈り取り、蒸して原料となる皮を剥ぎ、乾燥させる。
②表皮を削り取る 黒皮・甘皮・白皮の3層からできている樹皮を水に浸して柔らかくして黒皮・甘皮を削り取り、内側の白皮だけを残す。甘皮を残す製法もある。
③煮熟 白皮をアルカリ性の溶液で煮て流水にさらし、不純物を取り除く(アク抜き)。
④漂白・塵取り アク抜きした白皮を再度流水に晒して漂白し、漂白後の白皮に残った黒皮のかけらなどを取り除く。
⑤叩解 白皮を木槌や専用の機械などで叩き、繊維を解して適切な長さに切断する。
⑥紙料をつくる 繊維にネリなどを加え紙料をつくる。
⑦紙を漉く 紙料を漉槽に入れてかき混ぜ、漉簀の上に汲み上げて脱水し、湿紙をつくる。
⑧圧搾、乾燥、仕上げ 湿紙を積み上げて重しを載せたり、圧搾機にかけたりして脱水する。天日や蒸気などで乾燥する。不良品を取り除いて断裁、包装し、仕上げる。

という手順になるんだけど、これは、前に話した平安時代の律令細則の『延喜式』に載っている『煮』『擇』『截』『春』『成紙』という手順とも概ね対応していて、和紙の製法がこの頃から大きくは変わっていないことが分かると言われているんだ。」
「変わっているところもあるのですか?」
「一番大きな変化は『截』の部分かな。実は、『溜め漉き』と『流し漉き』にも関わってくる部分なんだけど。」

「さっき話した手順で言うと、④漂白・塵取りが『擇』、⑤叩解が『春』にあたる。この間にもともと『截』という、叩解とは別に、繊維を切断する手順があったんだ。繊維が長すぎると水の中に入れたときに繊維同士が絡まっちゃって綺麗な紙が漉けないから。で、その課題を解決してくれたのが『ネリ』。」
「トロロアオイやノリウツギなどの植物から抽出される粘液、ですね。」
「日本でトロロアオイが使われ出したのはもうちょっと後だけどね。で、その『ネリ』を紙料に加えると、水中で繊維同士が絡まったり沈んだりするのを防いでくれる。あと、水の粘度も高めてくれて、水が簀からゆっくり切れるようになるんだ。『溜め漉き』と『流し漉き』については、

溜め漉き 紙料を簀の上に汲み(あるいは注ぎ込み)、簀に置いた状態で脱水させて、湿紙をつくる方法。もともと紙漉きは溜め漉きの技法で始まったと考えられ、また、ヨーロッパの手漉き紙は溜め漉きの技法でつくられた。
流し漉き 水中で繊維を均一に分散させる、沈んでしまうことを防ぐ、脱水を緩やかにする、といった特徴を発現する植物由来の粘液(ネリ)を紙料に加え、簀の上に紙料を汲んで簀を動かして繊維を均一に広げ、また汲んで広げ繊維を絡み合わせて、という工程を繰り返し、適切な紙層を形成したのち余分な液と一緒にごみなどを払い落すことで湿紙をつくる方法。日本を含む東アジア、東南アジアで多く見られる技法とされている。

紙料を汲む場合と注ぐ場合では言い方が違うとか、西洋の溜め漉きと古代日本の溜め漉きは違うとか、そもそも溜め漉き・流し漉きっていう用語が、とか、研究者の方によってもいろいろな説があるけど、最大公約数的に漉き方の違いを説明すると、こんな感じ。」
「はっきりしているのは、ネリを紙料に加えるようになって、製紙法や紙の品質が変化した、ということでしょうか?」
「そうだね。さっき、『截』について、溜め漉きや流し漉きに関係があるって言ったけど、ネリを使えば長い繊維でも分散して絡まないから、『截』の独立した手順が無くなって、叩解に含まれるようになったとされてるんだ。繊維が絡んだり沈んだりしないようにかき混ぜる手間も少なくなった、ということだから、ネリを使うようになって生産性が向上したとは言えると思う。」
「溜め漉きと流し漉きでは、できる紙に違いがあるのですか?」
「溜め漉きは厚い紙を漉くのに向いている。透かしが入れやすいって話もあるね。流し漉きは少ない紙料でも均一にならせるから、より薄い紙を漉くのに適していると考えられているよ。」

「そこで、最初の話。流し漉きが主流になったのも、平安中期以降だって話をしたでしょ?」
「遣唐使が廃止されて、国風文化が隆盛を誇ったころ、ですね。」
「そう。ちょうどそのころ、上流階級で、書写用のメディアとして紙の用途が、公文書以外にも広がった。源氏物語とか枕草子とかの頃だね。で、公文書や写経用には厚い紙が良い紙とされていたけど、『薄様』、薄い紙を好んで使う用途が生まれた。違う色のついた薄い紙を重ねて、「梅がさね」とか「萩がさね」とか名前を付けて楽しんでいたともされている。そういう風潮もあって、薄い紙が漉ける流し漉きが主流になっていったんじゃないかなあって、想像してるんだけど。」
「平安時代の雅な風習の賜物、というわけですね。」
「まあ、単純に、紙の消費量が増えて、限られた紙料からたくさんの紙を漉くために薄い紙が必要だったっていう話もあるしね。僕のは単なる想像だけど。」
「素敵な想像ですね。・・・いつものシート先輩からは珍しい発想というか・・・」
「えー、そう?今だって、『桜、綺麗だなあ』って見上げながら」
「はい」
「桜餅が食べたいなあって・・・」
「失礼しました。いつものシート先輩ですね。」

※文中、敬称略