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【紙のソムリエ】番外編 シート先輩とコマキさんの紙に関する四方山話56 雁皮紙・鳥の子紙

「おはよう、コマキさん。今日も暑いね。」
「おはようございます、シート先輩。学校はもうすぐ夏休みですね。」
「僕らの夏休みはもう少し先だけどね。コマキさんは夏の予定は?」
「今年は同窓会があります。5年ぶりなのですよ。」
「同窓会か。そう言えばちょっと前の同窓会でタイムカプセルを掘り出したことがあったな。」
「タイムカプセル、私たちも埋めました。開けるのはもっと先の話ですけど。」
「僕らも本当は60歳の同窓会で開けようっていう話だったと思うよ。ただ、小学校が合併で廃校になるってことで、ずいぶん早く開けることになっちゃった。昔の大阪万博のタイムカプセルみたいに5000年後、とは言わないけど、もう少し懐かしさのフィルターがかかる年ごろになってから開けたかったなあ。」
「5000年後、ですか。管理が大変そうですね。」
「2つあって、1つは100年ごとに開けて保管状態を確認するらしいよ。そう言えばコマキさん、そのタイムカプセルには和紙が入ってるって知ってた?」

「5000年後の人に20世紀の文化を贈ろう、ってことで、当時の印刷物とか日用品、電化製品なんかを入れたらしいんだけど、その埋納品のひとつの『現代風俗絵巻』の用紙に『近江雁皮紙』が使われたんだって。滋賀県の無形文化財に認定されていた紙職人の方が、耐久性に特に気を使って手漉きした紙だって話だよ。」
「雁皮紙・・・雁皮を使った紙なのですね。」
「そう。前に雁皮は栽培が難しいって話をしたの、覚えてる?雁皮は日当たりが良くて暖かくて水はけが良い場所に生えてる木なんだけど、近江雁皮紙を漉いている地域はその生育条件を満たしていて、良質な雁皮が採れた場所だったんだって。雁皮紙の製法自体は越前、つまり福井県から江戸時代中期ぐらいに伝わったものらしいけど、近江雁皮紙の最高級品は京都のお公家さんたちにも好評だったっていう話だよ。」
「『斐紙』、つまり、美しい紙、という名が付いていたのも雁皮紙なのですよね。」
「雁皮の繊維の特徴のおかげで、緻密で肌合いがきれいな、滑らかで光沢のある紙になるからね。楮製の最高級紙が奉書、雁皮製の最高級紙が鳥の子、って感じかな。」

「鳥の子?」
「肌合いとか色が卵に似ているから、ってことで、室町時代ぐらいから雁皮紙の厚いものは『鳥の子』って呼ばれてたんだ。『卵紙』と書いて『とりのこ』と読ませている文献もあるね。ちなみに薄いものは『薄様』だったんだけど、だんだん、薄いものも厚いものも『鳥の子』って呼ばれるようになる。もっと時代が下がって江戸時代後期ぐらいになると、『雁皮紙』っていう記述も増えるらしいけど、今でも商品名に残っているのは『鳥の子』の方だよね。」
「時折仕入でも手配します。あれも雁皮が原料なのですか?」
「いや、とにかく雁皮の量が少ないから、今では楮や三椏を混ぜたものが多いって話。中世でも雁皮は楮とかに比べると手に入りにくかったみたいだけどね。鳥の子がいかに貴重だったかって話に、こんなのがあるよ。当時、贈答品として紙を贈ることがあったんだけど、その目録にね、他の紙の場合は『束』や『帖』って何枚かをまとめた単位で記載されているんだけど、鳥の子の場合は『枚』で記載されているんだって。」
「それだけ高価だったということなのですね。」
「『紙王』って呼んでる書物もあるくらいだしねえ。」
「紙の王様、ですか?」
「鳥の子の産地として有名なところはいくつかあるんだけど、特に越前産のものが評判が良かったらしくて、『加賀奉書と越前鳥の子が最高級紙』って書かれた近世の書物が残っている。『紙王』って書かれているのはまた別の書物。『越前産の鳥の子は滑らかで書きやすくて丈夫で保存がきいて、これこそ紙王って言うべきだ』ってベタ褒めしてるんだよ。」

「他に、『間似合紙』っていうのも、鳥の子と同じ雁皮が原料の紙だよ。鳥の子は書写とか写経用とかが主な用途だったんだけど、兵庫で襖用の紙として特化されて漉かれていたものがあって、これが襖の大きさの『半間』にちょうど合うようにつくられたから『間似合紙』。」
「建具にも使われたのですね。」
「光沢があって滑らかで厚みのバリエーションもあって、丈夫で湿度にも強くて虫害にも強い。これだけ良いところがあればいろいろな場面で引っ張りだこだよね。」
「だからタイムカプセルに入れる用紙にも選ばれたのですね。5000年後、開けた人は和紙のことをどう思うのでしょうね。」
「想像が広がるね。・・・まあ、そういう使われ方ならタイムカプセルも良いなって思えるけど。」
「そう言えば、シート先輩はタイムカプセルを開けた経験があるのですよね。」
「・・・開けたくなかったなあ。少なくとも、こんなに早くは。」
「?何があったのですか?」
「・・・自分がこんなに字が汚くて、こんなに考えが幼かったんだって、思い知っただけなんだけどね。」
「ああ、つまり、まさに『鳥の子』だったと。」
「・・・コマキさん、ドヤ顔だよ。」

※文中、敬称略