【紙のソムリエ】シートくんとロール先輩の紙修行 46 慶事は大礼?~和紙とファンシー~
新年早々頭をひねるシートくん。1月末にお客様の新年会があるそうで、印刷物の紙を何で提案するか悩みます。
「お客様のご希望は?」ロール先輩が声を掛けます。
「高級感があって、華やかで、上品な紙が良いというご希望です。とにかく新年会らしくということで。」
「なるほど。印刷は外注?」
「実はそれがまだ決まってないんです。最初は社外で印刷の予定をしていたのですが、内容がなかなか決まらないらしくて。決まるのが直前になるようなら社内のプリンターで刷るかもしれないから、どちらでも良いように提案してくれと仰っています。」
見本帳をめくるシートくん。
「オフセットでもプリンターでも大丈夫で、華やかで上品で高級感があるもの・・・良いなと思う紙はいくつかあるのですが、今一つ、決め手に欠けるというか・・・・・・」
「つまり、コンセプトがはっきりしていた方が提案しやすいってことかな?」
「ああ、そうかもしれません。物足りないと思うのは、選び出した紙が妙に散漫な印象があるからかもしれませんね。」
「じゃあコンセプトを決めちゃえば?・・・そうだね。お正月だし、和紙風なんてどう?」
「和紙風、ですか?」
「そう。和紙の風合いと印刷適性を両立させた紙、って、需要が多いのか、結構種類があるでしょ?新年と和紙って、取り合わせも分かりやすいし、良いかなって。」
「そう言えば、お客様は、和紙の風合いの洋紙があることを意外に御存じないことが多いです。お勧めすると、和紙なら印刷できないんじゃないの、と言われてしまうことも・・・」
「そうなんだ。じゃあ、和紙の見本帳をお持ちして比べて頂いたら?例えば『大礼紙』と『新大礼紙 華』や『しこくてんれい』。大礼紙は和紙で他の2つは和紙風の洋紙、だけど、見た感じは代用できそうでしょ?」
「大礼紙風なら新・清流もありますよね。少し変わった風でも良いなら、『ふじ』でも良いかもしれない。」
「前に、どのファンシーペーパーの模様が似ているか、代表的なものだけでも覚えておいた方が良いよ、っていう話をしたと思うけど、これもその一つだね。『新奉書風』とか『ことぶき』とか。和紙に似ているファンシーペーパーっていうのも、覚えておくと便利かもしれないね。」
「和紙をプリンターで使って頂く場合、表面の平滑性が低いことや、にじみなどが問題になりますよね。あれは和紙の原料や抄き方によるものなんですか?」
「そうだね。一般的に和紙の原料として使われるのは楮とか三椏とかっていう植物の靭皮繊維っていう部分なんだけど、この繊維は洋紙の原料の木繊維なんかと比べると、長くて細胞壁が厚いのが特徴なの。繊維が長いと水中で分散しにくくて、繊維の濃い所と薄い所のある紙、いわゆる地合の悪い紙ができたりする。あと、和紙特有のにじみは、細胞壁が厚い繊維が集合することによるものだと考えられているって話。地合の悪さを解消するために濃度を洋紙の場合より薄くしたり、トロロアオイの粘液を加えて繊維を分散させたりっていう工夫がされているし、何よりあのにじみとか地合が和紙の良さだとも思うけど、プリンターの場合は、紙の搬送の問題とか印刷ののりとか、事前に確かめておいた方が良いと思うよ。」
後日のこと。
シートくんを見かけたロール先輩、あの提案のことを思い出します。
「そう言えば、お客様の新年会の用紙って何になったの?」
「それが・・・すみません、アラベールになりました。」
シートくん、少し申し訳なさそうに答えます。
「アラベール?」
「和紙風の中に混ぜておいたのですが、それが返って目を引いたみたいで・・・」
色々教えて頂いたのにすみません、と律儀に頭を下げるシートくん。
「いやいや気にしないで。良い紙だよね、アラベール。」
と、そこへ先輩の方のシートくんが通りかかり、後輩シートくんに声を掛けます。
「あ、良かったね、シートくん。用紙、アラベールで決まって印刷の御注文も頂けたんだって?」
大体、お正月だから和紙を提案、だなんてシートくんも案外単純なんだなあって思ったんだよね~と笑う先輩シートくん、微妙な空気に「あれ?」と首を傾げます。
「えっと・・・僕、なんか変なこと言った?」
「先輩・・・間が悪すぎです・・・・・・」
珍しく苛立った声を出した後輩シートくん、先輩シートくんは置き去りに、足早に立ち去ろうとするロール先輩を追いかけます。
赤い顔のロール先輩に何事か一生懸命話しかけている後輩シートくんを見やりながら、「・・・あれ?」もう一度首を傾げる先輩シートくんなのでした。
(初掲載:2016年1月10日、加筆修正:2019年12月9日)