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【紙のソムリエ】シートくんとロール先輩の紙修行 52 今夏のトレンド?~透かし~

 ある日の夕刻、そろそろ終業という時間帯。見本帳置き場でいろいろな見本帳を見比べるシートくん。
「どんな紙を探してるの?」
ロール先輩の質問に、白い紙を差し出します。
 「文具屋さんで購入されて、ずっと気に入って使っておられたそうなんですけど、そのお店が廃業されたらしくて・・・同じ紙が手に入らないか、とご質問を受けたのでお借りしてきたんです。」
 白い紙を見つめ、苦笑するシートくん。
「お借りしてきたのは良いんですが、あまり特徴のない紙で・・・非塗工の白で穏やかな紙肌、厚さも特に変わったものではない。候補はたくさんあるんですが、どれも決め手に欠ける感じなんです。」
 「なるほど・・・」
 シートくんから紙を借りて眺めるロール先輩。
「白い穏やかな肌の高級印刷用紙って多いもんね。特定するのは・・・あ。」
 紙をふと光に透かしてみたロール先輩。にっこり笑って一か所を指差します。
「シートくん、見て、この端っこのところ。」
 不思議そうにのぞき込むシートくん、「あ・・・」ハッとしてロール先輩を振り返ります。
「透かし・・・」
「そうだね。小さいけど透かしの一部だと思う。このスペルの細さだと・・・」
 ロール先輩、見本帳をぱらぱらめくり、「これだと思うよ」と紙を指差します。

「確かに。紙厚もぴったりだし、これですね。」
 ほっとした様子ながら複雑そうに、シートくん、苦笑します。
「結構時間を掛けて探していたのですが・・・先輩に比べるとまだまだってことですね。」
「透かしに気付いたからだよ。そうでなければ難しかったかも・・・透かしが入ってる部分をお借りできて運が良かったね。」
「そうですね。でも、紙の様子や用途から、ステーショナリーペーパーかもしれないとは思っていたので、もっと注意して見るべきでした。」
 有難うございました、と頭を下げたシートくん、そう言えば、と話を続けます。
「少し前に、特種東海製紙さんが、黒透かしの入った紙を開発しているという話がありましたね。」
「去年の秋頃、新聞に載ってた話?」
「そうです。その新聞を読んだ時に、あれ?っと思ったんですが・・・以前、黒透かしは民間での製造を禁止されていると教えて頂いた覚えがあるのですが、特種東海製紙さんの今回の新開発はそれには抵触しないんですか?」
「確かに、少し前の紙関係の本には、黒透かしは全面禁止って書いてあるものもあるね。基本的にその頃と法律は変わってないんだけど、審査基準が緩和されたって話だよ。」
「審査基準?」

「その話をする前に、そもそも『透かし』とは、を説明すると・・・」
「端的に言ってしまえば、抄きムラと同じ原理ですよね。紙の原料であるパルプの懸濁液が『紙料』で、その紙料を網ですくったり、網の上に流したりすると、網の上に繊維が残って、それが乾いて紙になる。繊維が均一に分布していれば良いけど、一部分に偏って残ったり、逆に少ないところが出来たりすると、出来上がった紙を光に透かした時、黒くかげって見えるところや白く透けて見えるところができる。」
「商業印刷用の上質紙なんかでそんな風だと『地合いが悪い』って言われちゃうだろうけど、それを意図的にやったのが『透かし』ってことだね。」

白透かし 繊維が薄くなる部分を意図的に作り、紙を光に透かした時に、白く透けて見える部分が文字や記号などを形成するように作られたもの。
黒透かし 白透かしとは逆に、繊維が厚くなる部分を意図的に作り、黒く見える部分の濃淡で文字や記号、画像などを浮かび上がらせるように作られたもの。

「紙料をすくう簀(す)に模様を付けたのが透かしの始まり、と聞いたことがあります。」
「イタリアの話だね。紙の製造方法がヨーロッパに伝わったのが12世紀なんだけど、その後19世紀頃まで、紙の製造工程は概ね変わらなかったの。その頃の主原料の古布を調達して、裂いてさらしてすりつぶして紙料を作って、水に撹拌して簀ですくって漉く。その頃ヨーロッパで紙料をすくうのに使われていた簀は木枠に真鍮線を張って網にしたものだったんだけど、その時代の紙にはこの網目の跡が必ず残ってたんだって。で、その性質を利用して、簀の網の上に、簡単な模様を真鍮の針金で作ってくくりつけて、紙に模様が残るようにしたのが透かしの始まりって言われているの。」
「今でもその方法で?」
「機械抄きに変わっただけで、基本的な構造は一緒って言っても良いと思うよ。紙料が吐出されて湿紙が作られる部分をワイヤーパートって言うんだけど、透かしを作る時はこのパートの段階で、ダンディロールっていうロールで細工をするの。白透かしの場合はダンディロールに模様の形の出っ張りを付けて湿紙に押し付けて、でっぱりが当たった部分だけ繊維が薄くなるようにするし、黒透かしの場合は逆で、ダンディロールに引っ込んだ部分を作って部分的に繊維が厚くなるようにするの。ほかにも、マークの部分が完全に抜けた湿紙を作ってマークを付けてない湿紙と重ね合わせる方法とか、紙を抄いた後で高圧をかけるとか薬品を使うとか、違う方法もあるんだけどね。」

「透かしの始まりはイタリアなんですね。」
「ヨーロッパで初めて製紙工場が出来たのはスペインだって話だよ。中国で抄紙方法が確立されて、それが中央アジアから中近東に伝わって、北アフリカに伝わったのが9世紀頃。ここからイベリア半島経由でヨーロッパ内部にっていう経路と、シチリア島経由でイタリア半島へっていう経路の二つで、紙や製紙方法がヨーロッパに浸透したとされているの。スペインにヨーロッパ大陸初の製紙工場が出来たのが1144年、イタリアのファブリアーノにイタリア初の製紙工場が出来たのが1276年とされているから、製紙工場の始まり自体は100年以上差があることになるね。」
「透かしはいつ頃?」
「1282年にイタリアのファブリアーノで漉かれた紙に透かしが入ってて、これが現在確認されている、産業的な意味での透かしの一番古いもの、透かしの始まりとされているの。ただ、10世紀頃の中国の紙にも透かしが入ってたって話もあるから、今後の研究で始まりがいつかは変わってくるかもしれないね。」

「透かしは何故入れられるようになったんですか?」
「この紙はこの製紙工場がこの時期に作りましたよっていう、商標とか品質保証のマークとして使われたのが最初って話だよ。もともとは単純な模様だったのが、だんだんデザインに凝るようになって美的な意味合いが付けられたり、最初は入れるかどうかは紙職人さん次第だったのに、フランスでは義務化されてそれを元に税金が課せられたりしたって話。でも、透かしと言えば、思いつくのはやっぱりお札だよね。」
「偽造防止ですね。」
「中国で紙のお札の原型が国家の事業として管理されるようになったのが11世紀の初め。日本やヨーロッパで紙のお札と言えるものが確認されているのが、17~18世紀頃とされているんだけど、ヨーロッパではその当時既に、紙のお札の条件として透かしを入れることが決められていたっていうし、日本でも江戸時代に使われていた、藩が発行していたお札で透かしが使われている例が確認されているの。」
「今ではどこの国の紙幣にも透かしが入っているんですよね?」
「作るのに特殊な装置が必要だし、偽造防止効果が高いからっていうので、ほとんどの国のお札で透かしが採用されているっていう話だよ。現在の日本のお札に使われているのは白透かしと黒透かしを組み合わせたもの。まあ、今の日本のお札は特殊技術の固まりで、透かしだけが偽造防止対策ってわけじゃないけどね。」

「紙幣に使われている技術だから、透かしは法律で規制されているんですね。」
「日本には『すき入紙製造取締法』っていう法律があって、民間で透かし入りの紙を作ろうとする場合、黒透かしの場合は全て、白透かしの場合でも決められたデザインを使う時には、事前に財務省理財局に申請して財務大臣の許可を得る必要があるの。申請して審査があって許可が下りれば製造することができる。でも、黒透かしの場合、以前は許可が下りることは原則としてなかったんだって。」
「お札の偽造防止に使われている技術なんだから、審査する方だって慎重になりますよね。」
「そうだね。でも、この法律は日本のもので、海外の製紙メーカーは黒透かしの製造が禁止されてるわけじゃないから当然製造するし、日本国内にもその紙が輸入で入ってくる。国内でも海外でも、商品券とかチケットとか、黒透かしの技術が活用できる市場を前に日本の製紙メーカーは手が出せない状況だったんだけど、それじゃダメでしょってことで、規制緩和の要望が出されて、2013年に審査基準が少し緩和されて黒透かしにも製造許可が下りる状態になったの。」
「それが特種東海製紙さんの新開発につながった?」
「2013年の5月に、規制緩和後第1号の黒透かしの製造許可が下りたんだけど、それが特種東海製紙さんの『TTマーク』だったの。もともと特種東海製紙さんは特殊なスレッドの抄き入れとか改ざん防止とか偽造防止技術に力を入れておられたから、それを契機に黒透かしの開発も一層進められて、チケットや商品券にも使えるような、立体的な絵が浮かび上がる黒透かしの技術を確立されたってわけ。」
「特種東海製紙さんの歴史上、この時期に開発されたってことにも意味があるのかもしれませんね。」

「透かしにここまで長い歴史があるなんて知りませんでした。」
「これは単なる憶測なんだけど・・・紙が伝播したころの12~13世紀頃のヨーロッパでは、紙ってあまり信頼性がなかったんだよね。ドイツで紙を公的文書に使ってはいけませんよって勅令が出たり、イタリアでは紙を使用した文書には法的拘束力がないなんてことが決められちゃったり・・・その頃の紙はヨーロッパにとって『輸入紙』だったから、イタリアで紙を作るに当たって『国産』ってことをより強調したかったのかな、って思うんだよね。」
「輸入紙と国産紙・・・時代や国が違っても、似たような競争が続いているってことでしょうか。」
「でも、どんな背景があったとしても、透かしって綺麗で見てて楽しいよね。そう言えば、19世紀のジュネーブの紙屋さんがね・・・」
話し続ける二人の耳に、
『あれ?パレット先輩。今日はずいぶん早く退社されるんですね。』
事務所の方から人が話す声が聞こえてきます。
『こういう時は目敏いよね、シートくんって・・・今日は用があるの。』
『でも、今日の私服、ずいぶん気合入ってませんか?』
『・・・・・・』
『違いますよ?!だって、とっても綺麗な服だから・・・僕、知ってます。そういうの、シアー、って言うんですよね!勉強しました!』
「・・・・・・」
聞こえてくる会話に目を見合わせる二人。
「同じ透かしの勉強なのに全然違う・・・・・・」ぼそりと呟くロール先輩に、フォローもできずただ苦笑を返す後輩シートくんなのでした。

※文中敬称略
※上記の文章を作成するに当たり、下記書籍・サイト等を参照させて頂きました。
『紙の文化事典』 尾鍋史彦 他 編・著 朝倉書店(2006年)
『紙とパルプの科学』 山内龍男 京都大学学術出版会(2006年)
『紙の歴史‐文明の礎の二千年』 ピエール=マルク・ドゥ・ビアシ 創元社(2006年)
特種東海製紙様、全国手すき和紙連合会様、財務省様、日本経済団体連合会様のサイト 他

(初掲載:2016年7月10日、加筆修正:2019年12月10日)

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