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【紙のソムリエ】シートくんとロール先輩の紙修行 54 受け売りから進化?~和紙の発展①原料~

 ある夕刻。いつになく元気のない様子で訪問先から戻ったシートくん。訝しむロール先輩に、後輩シートくんが苦笑交じりで伝えます。
「テレビで解説者が言っていた話をお客様に話したら、『それ、私も見た』と言われたそうです。その上、解説者自身も気付いていないだろう矛盾を冷静に指摘されて、反論もできなかったそうで。」
「つまり、知ったかぶりを笑われて落ち込んでる?」
「そうらしいですね。」
 慰めてあげて下さい、と難問を押しつけられたロール先輩、ためらいながらもシートくんに声を掛けます。
「あのね、シートくん」
「・・・」
「まあ、よくあることだし。」
「・・・」
「お客様もシートくんらしいって分かってくれてるよ、きっと。」
「・・・・・・」
 さらに背中が丸くなり、机の下に隠れてしまいそうになる姿に、ロール先輩、慌てて言葉を続けます。
「あ、ほら、知識を貪欲に取り入れているところが素晴らしいって意味で。それって発展の基礎じゃない?」
「・・・発展、ですか?」
 前向きな言葉に顔を上げてシートくん、ロール先輩を見つめます。
「・・・発展ってどういうことですか?」
「えーと、だから・・・そう、例えば遣唐使!」
「遣唐使?」
「そう!遣唐使って、当時の中国の最先端の技術や文化を取り入れるために、向こうから人や物が来てくれるのを待つんじゃなくて、こちらから勉強しに行こうって意図で派遣されたものでしょう?千年以上も前から日本人はそうやって他国のものを上手く取り入れて来たんだから、シートくんがやったことはむしろ伝統的なやり方だってことだよ。・・・えっと、そうそう、私たちの商売道具の一つの和紙だって、そういうやり方で発展したものの一つだし!」
「和紙ですか?」
 きょとんとするシートくんに、ロール先輩、自信ありげに頷いて見せます。
「うん、和紙。・・・和紙が『日本特有の紙』になったのは、遣唐使とか、その後の国風文化のおかげなんだよ。」

「その話をするためには、和紙って何か、から説明した方が良いのかな。」
「洋紙とは原料と漉き方が違うんだよって前に教えて頂いた気がします。」
「そうだね。その時の話をもう一度おさらいすると・・・

成り立ち 紀元3世紀頃に詔書や経典として紙が日本へ伝来したと考えられる記述が残る。製紙法については、『日本書紀』の記述から、7世紀に来日した高句麗の僧・曇徴が伝えたものとされることもあるが、その100年以上前に越前に製紙法が伝えられていたとの伝説もあり、紙や製紙法がいつ日本へ伝来したのかは今のところ定かにはなっていない。
原料 楮、三椏、雁皮といった植物の靭皮繊維(樹の皮の部分から採れる繊維)。洋紙の木材パルプよりも繊維が長く、薄くても丈夫な紙ができる。
漉き方 紙料(繊維を分散させた液にネリなどを加えたもの)を入れた水槽に漉簀を沈め、紙料液を汲む、前後に揺らして繊維を均一に分散させる、余分な紙料液やゴミなどを捨てる、という工程で紙層を形成する。この漉き方を『流し漉き』と呼ぶ。

「こういう和紙の原料とか製法とかが確立したのが平安時代で、その後、明治時代に洋紙が伝わるまで、日本の紙造りが大きく変革することはなかったと言われているの。」
「1000年くらい前に確立して、受け継がれてきたってことですね。」
「うん。でも確立までには原料とか製法とか、いろいろ進化があってね。その進化に貢献したとされているのが、遣唐使や国風文化。遣唐使は紙の原料や製法に中国の最新知識を取り入れるのに、遣唐使廃止後の国風文化は和紙を用いた文化を発展させるのに、それぞれ貢献したって言われているの。」

「原料って、最初から、楮、三椏、雁皮、じゃあなかったんですか?」
「今のところ発見されている中国最古の紙は地図が描かれているものなんだけどね。それの原料は麻だったの。だから日本に伝来した当初の紙も麻が主原料だと思われている。正倉院文書ってあるでしょ?東大寺の正倉院に遺されている奈良時代の文書だけど、これも年代の古いものは麻で出来ているものが多いんだって。これが次第に変わってくるんだけど・・・」

中国・前漢期
(紀元前206~)
現在出土している最古の紙、放馬灘紙がこの頃制作されたと考えられている。原料に麻布などのぼろを利用した麻紙。
また、紀元前118年以前に制作されたと推定されている次に古い紙、ハキョウ紙は、主原料の大麻に少量の苧麻を含んだもので、中国の研究者によって「世界で最も早い時期に作られた植物繊維紙」と発表されている。
後漢期(105年頃) 『後漢書』蔡倫伝に、紙の原料として、麻製品とともに木の皮が上げられている。この木は、カジノキ、あるいは楮と考えられている。
飛鳥時代 この頃、行政文書の通達、地方からの報告、戸籍の編集、仏教の伝来などにより、日本でも大量の紙が必要となり、本格的な製紙が行われ始めたと考えられている。
701年 この年に制定された『大宝律令』において既に、中央政府の役所、図書寮付属の造紙所(製紙所)に関する諸々の規定(造紙所の定員や、租税を免じる代わりに製紙の義務を負う家に関する決め事など)が定められていたと推測される。
702年 この年の美濃(御野、今の岐阜県)、筑前(今の福岡県北西部)、豊前(今の福岡県東部・大分県北部付近)の戸籍が正倉院文書に遺る。年代が判明している最古の国産紙で、主原料は楮、豊前のものには雁皮が混ぜられている。
718年 『大宝律令』の改良版である『養老律令』が制定。図書寮に関する規定は変更がなかったと推定される。
奈良時代 この時代の複数の正倉院文書に、紙の原料から名付けられたと思われる紙の名前が記載されている。
推測される原料繊維として、麻類、楮、真弓、竹幕、楡、杜仲、稲藁、故紙、雁皮などが挙げられる。
905~927年 律令制による政治を行うためのマニュアル書『延喜式』が編集される(施行は967年)。
巻十三の「図書寮式」の中に紙に関する規定が記されており、原料の穀皮(楮類の樹皮)、斐皮(雁皮類の樹皮)の租税としての上納が諸国に割り当てられる旨が記されている。

「最初は麻のぼろ布を使っていたのが、樹皮を使うようになり、いろいろな植物を使ってみて、結局残った主原料が楮と雁皮・・・そんな感じですか。」
「他の植物も使ってるんだけどね。でも、例えば、檀紙。これはもともと奥羽地方で漉かれていた紙で、原料に楮とマユミの樹皮を混ぜて使ってて、独特の風合いが人気があったんだけど、後世では奥羽地方以外で楮だけを使って漉いて、乾燥の時に紙質を真似るためにしわをつけたんだって。現代でも和紙の原料として三つの中で一番使われているのは楮だしね。」
「楮の紙の方が良質だから?」
「それは一概には言えない。楮は繊維が長くて丈夫な紙を作れるけど、表面の滑らかさや光沢といった点では雁皮の紙の方が上なの。ずっと後だけど、江戸時代には雁皮100%の紙を紙の王様、なんて評した人もいるんだって。ただ、雁皮って栽培が難しくて、野生のものでも育つ地域が限定されているんだよね。それに比べると、楮はよく育つし栽培もしやすい。麻に比べて繊維も取り出しやすいっていうんで、楮が自然に和紙の原料の大半になっていったみたい。」

「あれ?そう言えば三椏はいつ、和紙の原料として使われるようになったんですか?」
「実はこれにもいろいろ説があってね。通説では、三椏が和紙の原料として使われるようになったのは、ずっと後で江戸時代前後。伊豆地方の駿河半紙に使われていて、ちょっと茶色いけど印刷効果が高いってことで明治時代に大蔵省印刷局が漂白を工夫して、今では日本の紙幣の原料の一つになっているって話。雁皮と同じジンチョウゲ科で、雁皮よりちょっと色や光沢が劣るけど、雁皮よりずっと栽培しやすいって言うのもポイント高かったみたい。」
「雁皮や楮に比べると、つい最近原料に採用されたんですね。」
「うーん、でもね。一説によると、三椏と推測される植物って万葉集なんかにも詠まれている昔から日本人に親しい植物なんだって。で、古代ではカジノキと楮が混同されていたみたいに、似た植物って同じものとして扱われることが往々にしてあるから、三椏も雁皮と同じものだってされてきたんじゃないかって。平安時代や室町時代のお経の紙から三椏の繊維が発見されたっていう研究もあるって話だし、今後は通説が変わる可能性もあるかもしれないね。」

「中国では宋の頃から竹を原料にした紙が漉かれていて、主原料の一つになっているんだけど、日本では竹紙ってそんなに主流じゃないでしょう?そんな風に、中国から伝わった紙と、日本で独自の進化を重ねた和紙は、もう違うものになっていると思うんだよね。始まりは教えてもらった通りでも、その後環境に合わせて工夫を重ねて、独自の進化をして、今では国際的にも認められる文化遺産にまでなっている。そういうのもありなんだと思うよ。」
「始まりは受け売りでも独自の進化、ですか?」
「遣唐使と、その後の国風文化みたいにね。」
 まあ、進化できるかどうかは自分次第だけど。そう続けようとしたロール先輩の言葉を、
「分かりました!つまり、僕って菅原道真みたいってことですね!」
シートくんの意外な言葉が遮ります。
「・・・・・・え?」
「遣唐使を廃止した菅原道真ですよ!つまり僕、無意識に菅原道真と同じことをやってたってことですよね!!」
 学問の神様と同じかあ~、照れるなあ~。訳のわからないことを呟きながら上機嫌になったシートくん、工場に行ってきます、と元気いっぱい事務所を出ていきます。
 後に残されたのは、論理の飛躍についていけずあ然とする、ロール先輩と後輩シートくん。
「・・・どこをどう展開すると、今の結論が出てくるんでしょうか・・・」
「・・・・・・なんか、ごめん。」
「いえ、ロール先輩が悪いわけでは・・・」
「うーん、でも、調子づかせちゃった感じが・・・ちょっと元気になってくれれば、くらいのつもりだったんだけど・・・・・・」
 シートくんの(和紙並みに?)強靭な神経に、顔を見合わせ溜息を吐く二人なのでした。

※文中敬称略
※上記の文章を作成するに当たり、下記書籍等を参照させて頂きました。
『平安京の紙屋紙』 町田誠之著 京都新聞出版センター(2009年)
『和紙つくりの歴史と技法』 久米康生著 岩田書院(2008年)
『紙のなんでも小事典』 紙の博物館編 講談社(2007年)
『和紙文化史年表』 前川新一著 思文閣出版(1998年) 

(初掲載:2016年9月10日、加筆修正:2019年12月10日)

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