1. HOME
  2. ブログ
  3. 【紙のソムリエ】シートくんとロール先輩の紙修行 55 ネリはノリでも糊じゃない?~和紙の発展②ネリ~

【紙のソムリエ】シートくんとロール先輩の紙修行 55 ネリはノリでも糊じゃない?~和紙の発展②ネリ~

 昼休み。女子社員に交ってきゃらきゃらと笑い声をあげるシートくんに興味を引かれたロール先輩。「何を話してるの?」質問にシートくんが満面の笑みで応えます。
「もうすぐハロウィンだねって話ですよ。岐阜でもイベントがあるし、仮装して参加しようかって。」
 先輩もどうですか、の誘いに曖昧な笑みで応えるロール先輩、フリーペーパーを見ながら呟きます。
「ハロウィンもここ数年ですっかり定着したね。」
「今ではクリスマスに次いで経済効果が高いイベントだって話ですからね。飲食店の限定メニューは10月の定番ネタになってるし、仮装して飲み歩く人のインタビューも毎年のように報道されてるし。」
「まあ、そういうのってあくまで日本のハロウィン、であって、本来のハロウィンとは違うんだろうけど。」
「違うんですか?」
「もともとは古代ケルト人のお祭りだって聞いたよ。収穫祭をベースに、日本で言うところのお盆と大晦日がミックスされたようなイベントだって。年の変わり目で境界があいまいになって御先祖様が帰って来るんだけど、悪いものも入って来ちゃうから、子どもたちがさらわれないように仮装させる、っていうのじゃなかったっけ。」
「そのお祭りの楽しいところだけ抽出して日本風にアレンジしたのが、日本のハロウィンってことですかね?・・・なんか、この前の和紙の話に似てますね。」
「一緒にして良いのかとは思うけど・・・確かに、取り入れて、日本風に改良して、元とは違う日本のものになるって意味ではそうなのかも。」
「この前は原料植物が元とは違うって話でしたけど、他にも伝わってきた当時とは違う点ってあるんですか?」
「伝来当時と違うかどうかはともかく、洋紙とは違う和紙の特徴の一つに『ネリ』があるよ。」
「ネリ?」

「『ネリ』って、和紙をつくる時に紙料に加えるねばねばしたものですよね。」
「そう。『ネリ』っていう言い方が一般的だけど、和紙の産地によって呼び方がいろいろあるよ。」

植物性粘質物 多くの植物が持っている粘り気のある物質を示す名前。植物のなかで水分や養分を運んだり貯蔵したりするのに役立っている。
食用(こんにゃく、じゅんさいなど)、医薬用(粘膜の保護、整腸剤など)、化粧品(整髪料など)、日用品(線香を固める成形剤など)などとして、古くから種類に応じてさまざまに利用されている。
製紙の『ネリ』 植物性粘質物を製紙に利用する場合の名前。ノリ、ネベシ、ニベ、キネリ、タモなどとも呼ばれる。
『ネリ』の効用 ①水中で繊維を分散させ、繊維どうしが絡まるのを防ぐことで、漉いた後に地合いの良い、強い紙が得られる。
②水の粘度を高めることで、漉き槽の底に繊維が沈むのを防ぐ。
③水の粘度を高めるため、簀から水が漏れる速度を遅くする。
④乾燥工程で湿紙どうしがくっつくのを防ぐ。

「あれ?『ネリ』って繊維どうしをくっつけるための接着剤なんじゃないんですか?」
「違うよ。どちらかというと逆で、ネリは紙料液の中で繊維どうしが無駄に絡まっちゃわないようにするコーティングの役割をするの。和紙を漉く工程順で言うと・・・」

①漉き槽に紙料液を入れる ネリが入っているので、繊維が分散された紙料液になり、繊維が槽の底に沈むこともない。
②紙料液を簀に汲んで揺する 繊維が分散しているので、地合いの良い、平滑な紙になるよう漉くことができる。
ネリが入ることで簀から水が漏れる速度を遅くできるので、充分に繊維を絡ませ、薄くても強い紙を漉くための時間が得られる。
③漉き上がった湿紙どうしを重ねる ネリを利用した流し漉きの技法により、湿紙どうしがくっつかず重ねることができる。
ネリが利用されていない手漉き洋紙などの場合は、湿紙を重ねる時に間に布を入れるなどの工程が必要。

「ネリは乾くと特性がなくなっちゃうから、湿紙が乾燥して紙になる時には、ネリを介さない繊維どうしが絡み合った薄くて強い紙が出来ているってわけ。」

「ネリが糊じゃないなら、繊維どうしは何でくっついてるんですか?」
「その辺りは和紙も洋紙も同じ『水素結合』だね。繊維はセルロース分子の塊なんだけど、大ざっぱに言うと・・・」

「・・・っていう構造で、一番小さい単位のグルコースは水酸基、つまり、H(水素)とO(酸素)から出来た手を5個持っている。その5個のうち、両端の2個の水酸基どうしが手をつないで鎖みたいになってセルロースが出来ているんだけど、まだ手をつなげてない水酸基が3個ずつ余ってるから、セルロースの表面には水酸基の手がびっしり生えているような状態なんだよね。」
「つまり、その無数の水酸基どうしが手をつなげば・・・」
「うん。そういう風に、分子間で水酸基どうしが手をつないでくっつく状態を『水素結合』って言うの。水中に分散されている時は、セルロースの間にはたくさんの水の分子、H2Oが入り込んでセルロースの水酸基と手をつないでいる状態になっているから、セルロースどうしは密着していないし結び付きも脆い。でも、それを脱水したり乾かしたりしていくと、水分子がなくなっていってセルロースどうしが密着して、最終的にはセルロースどうしの間で水素結合が起こって強い結びつきになるってわけ。」
「紙が湿度で状態が変わるのは、セルロース間に水分子が出たり入ったりするから、ってことなんですね。」

「和紙は洋紙より繊維が長いから強い、って話を前にしたでしょ?それもこの水素結合のおかげなの。繊維が長ければその分水素結合が起こる箇所も多くなる。一つ一つの結合の力は小さくても、数が多くなればその分結びつきは強くなるわけ。」
「ネリは繊維どうしの接着のためじゃなくて、その長い繊維を無駄に絡まらせないために役に立っているってことですね。・・・ネリって和紙独特の技術なんですか?」
「中国ではネリに当たるものを『紙薬』とか『滑水』とか呼んで、繊維を水中で分散させるのに利用しているよ。チベットではサボテンを紙薬に使っているし、植物の粘液を使うのは、『日本の』じゃなくて、『東洋の』紙の特徴ってことになるみたい。ただ、和紙をつくるのに『ネリ』を利用するのを誰が思いついたのか、ってことになると、はっきりしなくてね。『延喜式』にはネリに関する記述がないから、日本人が雁皮をヒントに植物の粘液を利用する製法を独自に編み出したんだ、っていう意見もあれば、紙自体の伝来よりちょっと後に中国の『紙薬』が伝来して『ネリ』になったんだ、って意見もあるの。」

「始まりは分からないけど、ネリを利用して漉き方をより進化させて、薄くて強くて美しい独自の和紙を確立させたのは確かで、そういうところが今のいろいろな技術や文化につながるって言っても良いとは思うけどね。」
「ハロウィンみたいに、ですね!」
「・・・・・・で、シートくんは何の仮装をする予定なの?」
「これです!」
シートくんが示した画像に、ロール先輩、首を傾げます。
「これは・・・あまりハロウィンには関係ないよね?」
「でもかっこよくないですか?僕、一度、このコスプレしてみたかったんです!」
一人盛り上がるシートくんを横目に、後輩女子がロール先輩に耳打ちします。
「どうしてもあのコスプレがしたいって聞かなくて・・・最悪、現地でまいちゃおうかってみんなで話してるんです。」
「・・・・・・」
このままだとネリみたいに、気づいたら消えていましたってことになりかねないよ、シートくん・・・・・・盛り上がるシートくんの姿から、思わず目をそらすロール先輩なのでした。

※文中敬称略
※上記の文章を作成するに当たり、下記書籍等を参照させて頂きました。
『和紙の道しるべ-その歴史と化学』 町田誠之著 淡交社(2000年)
『和紙つくりの歴史と技法』 久米康生著 岩田書院(2008年)
『紙のなんでも小事典』 紙の博物館編 講談社(2007年)
『紙の知識100』 王子製紙編著 東京書籍(2009年) 

(初掲載:2016年10月10日、加筆修正:2019年12月10日)

関連記事